榛原医師会よ   

     どこへいく?

 

加藤 康二

 

 

 今回も4月26日(火)湖畔会()のお招きにあずかり実に楽しいひとときを過ごすことができました。赤堀会長、川根のボス高木組長はじめ、湖畔会の皆様方のご厚意、感謝に耐えません。私が会長に推された平成4年、榛原郡を考えてみますと、北は南アルプスから、南は太平洋に至る直線距離約100キロメートルに及ぶ、北の過疎高齢化を抱えた広大な地域であり、医師の確保も大変な状態でした。この南北格差を榛原郡の南北問題としてとらえ、現赤堀会長ともども真剣に考えてまいりました。深夜にわたり「北をいかに」と相談したことが懐かしく思い出されます。この結果が榛原郡8町を一枚岩に!「全員参加の医師会」と「北の護り」の二つのスローガンでした。若い医師と住民とのトラブル、左翼町会議員による中傷など。その度に仲裁に駆けつけたのもいい思い出になります。問題解決にあたり町長さんはじめ、行政の方々とも一層親しくさせていただきました。その後十数年間は「健康大学」「住民健診」など皆さん方の協力を得て順調な活動を続けることが出来ました。医師会にとっては安定期と言えましょうか?しかし、この数年、合理化という医療費抑制政策、介護保険問題、平成の町村合併問題が持ち上がってまいりました。特にこの地域にあっては空港を中心に開発、地域活性化利権の思惑が入り乱れ、先が見えない現状だと思います。この環境下で対応しなければならない赤堀会長はじめ現執行部は大変なときに遭遇したものと苦慮しております。

  今回の合併問題に対して、各行政は果たしてどれだけの長期的展望に立っての選択なのか、ケチをつけるつもりはないが、利害得失、拙速のそしりは避けていただきたい。しばらく紆余曲折はあるでしょうが、「待てば海路の日和あり」いずれ落ち着き、そして新しい線引きに則って、医師会も再編成される日が来るであろうと思います。

 私のこよなく愛し続けてきた榛原郡医師会は、今回「郡」を削除して榛原医師会に名称変更の由。何とも淋しい限りです。今後の南北の医師会の在り方が心配ですが、「環境が如何に変わろうとも、医師会は地域住民のために如何に貢献出来るか」医師会の使命「医の心」に変わりはありません。私はこの榛北地域に対してはひときわ思い入れの強いものがあります。今後も湖畔会は永遠に続くであろうし、南アルプスの開発と共に榛北地域は一層発展することは必定、榛原医師会との絆は永遠であることを願っております。毎年湖畔会の先生方にお会いしたいものです。今後ともよろしく!

 

()湖畔会:榛原郡北部四町(川根三町と金谷町)医師会懇親会。第一回を川

   根町「野守の池」の畔で開催したの

  がこの名称の由来。