「はんなりレポート」

 

加藤 康二

 

 7月、祇園祭の前、念願であった京都に長逗留して歴史文化にふれる機会をもった。朝は川端二条のホテルから鴨川ほとりを散策し、高瀬川、木戸孝允屋敷跡、幾松すまいなど幕末から明治維新に活躍した志士に思いをはせた。昼は四条烏丸通りへ出掛け山鉾の組み立て、飾り付けなどつぶさに見ることが出来た。夜は祇園の巷をひとり徘徊探検。またひょんなことから京都在住の生き字引K氏と知り合い、忙しい中丸一日私のために案内をしていただいた。彼は京大出、学徒出陣、戦艦大和の生き残りで、今も有為な若い人材育成に情熱を燃やしている。御所はじめ神社仏閣の故事来歴、年号、数字がすらすら出てくる博学、まさに怪物。炎天下の京都の町をバス乗り継ぎと歩きで、ポカリスエットを口にしながら、ぶっ続け7時間の強行軍。上には上があるものだ!年下の私が音を上げるわけにはいかず、彼のタフネスにはただただ脱帽。この日の夜はこのK氏、声明の大家・宝泉院住職藤井宏全氏ご夫妻と四人で会食、歓談、談論風発、至福のひとときを過ごした。

 この日のK氏からの耳学問、エピソードの2,3を紹介する。

☆「呂律が回らない」

 日本仏教音楽「声明」のふるさと大原の地域は、中国の声明の聖地の名をとって「魚山の声明」と呼ばれている。この魚山の谷間を流れる二つの川は声明の音階「呂・律」にちなんで北を流れる律川、南を流れる呂川と名づけられた。「呂・律」の音階は西洋音楽の長調・短調にあたるもので、呂は陰鬱な短調、律は陽気な長調の調べ。この二つの川のせせらぎが、「陰・陽」を奏でていたのかもしれない。邦楽尺八の譜面は呂律からなるという。いまから千年も前に、日本に高度な音楽理論が確立していたことになる。酒に酔ったりして「ロレツが回らない」という言葉はこの呂川と律川が起源だとは、まさに新発見。

☆「原爆は京都に落とされるはずだった」

 「大中小の都市が殆どやられているのに、当時の六大都市の一つ京都が空襲にあわなかったのは、なんという好運」  「京都は名所旧跡が多く、アメリカは文化財保護のため空襲しなかったのだ」  さすがアメリカは偉大  私もそう信じてきた。

 しかし「京都が理想的な条件を備えた原爆投下の第一候補である」という当時の秘密文書が最近公表された。人口百万、三方山に囲まれた盆地の京都は、原爆が最大の効果を発揮できる地形であり、原爆投下の実験用都市として、通常爆撃を行わず温存していた可能性が高いのだ。この文書には京都の詳細な施設が地図に記され、実施方法が検討された節がある。どんな歴史的都市も、文化遺産も、戦争の前では虚しい。今も中近東では歴史的遺産が破壊されつつある。モルモット京都は紙一重で実験前に命拾いしたのだ。そして現在の京都があるというべきらしい。*追記参照

☆「解らない地名」

 京の町並みは東西南北碁盤の目の道で区切られている。御所から南へ東西に一条から十条、南北に通りの名称。この組み合わせのネーミングは実に合理的。しかし、よそ者の私には解りにくいことが多い。その読めない、書けないの代表が太秦(ウズマサ)と先斗町(ポントチョウ)であろう。この由来も興味深い。

 「烏丸丸太町」だけ耳学問を紹介する。東京から来たある大学生は「カラス・マルマル・フトルマチ」と読んだという笑い話がある。「カラスマル」でなく「カラスマ・マルタマチ」が正解。故事来歴は略す。

 二十年来写真を撮りに通い続けた京都であるが、地理も歴史も知らないでシャッターを押していた自分が恥ずかしい。今回一週間逗留し、K氏という先達に恵まれ、心新たに、魅力ある京都の入り口に立った気がする。知識は足で稼ぎ、脳に汗の結果であることを実感した。これからも京都病は続きそう。

 

 

 

*追記

「京都に原爆を投下せよ」吉田守男(1995)より

第一目標は京都、次は広島、横浜、小倉(1945.5.10目標選定委員会)。新潟は(5/28)、長崎は(7/21)に追加し、爆撃禁止命令が出されていた。以後三目標都市は京都・広島・新潟であった。

目標選定基準

@直径3マイルをこえる市街地をもつ都市

A爆風によって効果を発揮できる地形

B8月まで破壊されていない都市

京都  人口100万、三方山に囲まれた盆地、爆撃禁止状態温存、知識人が多く、戦争終結加速に利する。

照準点を示した地図によると、駅西の梅小路機関車庫、人口密集地近くで、60万人以上もの死傷者を推定していた。

7/25  原爆投下目標に広島、小倉、新潟、長崎を選定。8/1 新潟除外

☆三発目の原爆は8/17-18京都に投下される予定であった

  8/8-14にリハーサル(模擬原爆パンプキン爆弾による)12回すべて京都が目標。

 8/15テニアン基地では出撃準備が整っていた(搭乗員証言)

あと三日終戦が遅れていたら、京都はヒロシマとなっていたかも。慄然とする想い。