研究医と臨床医

 

加藤 康二

 

 

 5月29日(日)朝日新聞一面トップに「創薬・国家10年の計」、そのすぐ左に「良医めざして」と、全く対照的な記事が載っていた。前者はガンや糖尿病、心臓病などに対する新薬開発国家プロジェクトの予算化である。数年前この分野の第一人者・細胞膜イオンチャンネル研究で有名な教授と話す機会があった。彼は「すべての疾患は細胞膜イオンチャンネルで説明できる」と、私にはチンプンカンプンであった。

 私は最近、糖尿病療養指導士(CDE)教育基調講演「糖尿病診療半世紀」のタイトルで話す機会があったので、糖尿病の最近の流れを調べてみた。この半世紀「糖尿病治療の進歩」は著しく、糖尿病の発生機序の詳細も解明されつつあり、これらに対応する検査、インスリン製剤、経口剤など殆どのお膳立ては整ってきている。現在は50年前とは隔世の感、医師にも患者にも「しあわせな時代」と言える。しかし、最先端の研究はこの分野においても、遺伝子レベルでの解析と創薬の方向にあるのは違和感がある。我々の先祖が何百年もかけて飢餓と戦いながら獲得してきた大切な倹約遺伝子が、現在の飽食の時代には不都合であるとの理由で、これの拮抗薬や、遺伝子レベルでのインスリンの活性薬が開発されている。そして拮抗薬は食べ過ぎても肥満にならないし、活性薬はたとえ肥っても糖尿病にならないと。遺伝子分析を行い、これに対応する薬剤投与が最も合理的なオーダーメード治療であると主張している。確かに正論ではあるが、厳密な適応は多くないものと考えられ、乱用が心配である。本当にこれらの薬剤の開発は人類のしあわせのために価値あるのだろうか?安逸をむさぼったローマ帝国の自滅に通じる気がしてならない。むしろ「なんでも薬に頼る」という落とし穴がある。生活習慣病の原点に返って、その前にやるべき事が多くあるのではないかと思う。

 さて、新聞の後者「良医めざして」であるが、彼(生坂政臣氏)は若くして「診療所の医師から」一躍国立大学病院の総合診療部教授になった異色の経歴の持ち主である。

 先ず正しい診断をつけること。そのためにはWilliam-Oslerの「患者さんの言うことによく耳を傾けなさい。あなたに診断を物語っていますよ」に尽きる。先ず患者の既往歴、現病歴、訴えによく耳を傾けること。これにより多くの疾患の診断がつくと主張する。検査はその裏付けのための必要最小限にとどめること。全く同感である。

 20世紀は科学の世紀として長足の進歩を遂げてきた。世の中便利になった。豊かになった。しかし反面、心が貧しくなり、人を不幸にしている気がしてならない。

 21世紀は科学がどこまで神の世界に手を付けることが許されるのだろうか?

 

 先日、40年前勤務医時代の患者と逢い、当時の面白いエピソードを思い出した。彼は当時20歳代の技術者。仕事帰りに友達と赤提灯での一杯が楽しみ。すっかりご機嫌で、さて帰ろうと席を立とうとすると、腰が抜けて歩けなくなる。皆に支えられて帰宅がしばしば、明くる朝はケロリ。静岡市内の各病院を受診したが診断不明、そんなことあるもんか?ノイローゼじゃないかと、取り合ってもらえなかった。これこそ話を聞いただけで疑いをもてる疾患である。答えは次回とする。