諸行無常

 

−先月症例(赤提灯で腰ぬかし)?−

 

加藤 康二

 

 先日、40年前勤務医時代の患者と逢い、当時の面白いエピソードを思い出した。彼は当時20歳代の技術者。仕事帰りに友達と赤提灯での一杯が楽しみ。すっかりご機嫌で、さて帰ろうと席を立とうとすると、腰が抜けて歩けなくなる。皆に支えられて帰宅することがしばしば、明朝はケロリ。静岡市内の各病院を受診したが診断不明、そんなことあるもんか?ノイローゼじゃないかと、取り合ってもらえなかった。これこそ話を聞いただけで疑いをもてる疾患である。答えは次回とする  以上先月の文再掲。

 さてこの症例ですが、私は軽度の甲状腺腫を認め、主治医であるフレッシュマンのM先生に、甲状腺機能検査とマヒ誘発試験を指示した。彼はよくできる医師であるが不安でブツブツ。私は研究室時代このテストを経験していたので一緒に施行。50%ブドウ糖を大量に点滴し、握力、心電図、電解質(カリウム)などをチェックしながらマヒを起こさせるという神経をすり減らす大変なテストである。四肢麻痺の発症を認め、尿失禁などの限界で中止し、電解質を大量投与して回復を図る。今ではこんな残酷危険なテストはしないと思うが・・・・。現在の診断方法はどうなっているのか?かくして甲状腺機能亢進症に伴う周期性四肢麻痺を確診し、爾後40年来抗甲状腺剤投与によりマヒ発作は全く起こっていない。

 この時の主治医M先生こそ、若手甲状腺研究者として、1974年第3回七条賞受賞に輝き、後の愛知医科大学教授満間昭典先生である。彼はその後神経内分泌分野の世界的権威として活躍されていたが、数年前突如急逝されてしまった。

 つぎに医師国家試験問題にこんなのが出ていたので紹介します。

周期性四肢麻痺をおこすのはどれか。2つ選べ。

 a 原発性アルドステロン症

 b germinoma

 c 副甲状腺機能亢進症

 d Shy-Drager症候群

 e 甲状腺機能亢進症

正解はa.とe.である。簡単に説明。他は略す。

☆原発性アルドステロン症

アルドステロンによる尿細管でのK

排泄亢進→低カリウム血症→マヒ誘発。

低カリウム性のものが最も多く、ブ

ドウ糖摂取で誘発される。

☆甲状腺機能亢進症

糖分摂取、飲酒などが発作の誘因と

なり、甲状腺機能亢進症の約2%に周期性四肢麻痺が合併する。

何故か東洋人の男に多い。

頻度は甲状腺機能亢進症男性で4.3%

女性で0.04%

多くは、発作時に低カリウム血症を

伴う。

男性の周期性四肢麻痺をみたら甲状

腺機能亢進症の関与を考えるべきである。しかし男性の場合甲状腺腫を認めにくいことがあるので注意を要する。コロンブスの卵さながら興味ある疾患であり、その後も外来で何人か経験している。

・甲状腺機能亢進症で糖負荷による低K血症機序は?

・どうして男性に多いのか?性差のアタックポイントは?

・発症メカニズムは?イオンチャンネルで説明がつくのか?など疑問点が多くある。

 私は開業4年目の昭和48年頚椎症で頚椎前方固定オペで40日間入院加療のピンチに見舞われた。このとき仁瓶、長坂、満間の3先生がチームを組み交代で名古屋大学医局から通い、吉田町の私の診療所をカバーしてくださった。その後この3先生は、浜松医大教授、藤田保健衛生大学教授、愛知医科大学教授に就任され、免疫の仁瓶、酵素異常研究の長坂、神経内分泌権威の満間と、若手トリオとして甲状腺学会をリードしてきた。私はなんと素晴らしい後輩に恵まれたことであろうか。しかし世は無常、佳人薄命 仁瓶、満間両教授は若くして急逝し、長坂教授は健康を損ないリタイアーされてしまった。

 若い頃甲状腺研究のメッカを名古屋の地にと、有志数名で旗揚げし、多くの有能な人材に恵まれ順調に成果をあげてきたが、ここにいたり、創始者兄貴分の心のうちを思い慚愧に堪えない。然し振り返ってもやむなし。諸行無常は世の常、皆精一杯やってきたことでもって瞑すべし。現在、地元榛原高校出身(20回卒)の村田善晴名大環境医学教授が、甲状腺発生、遺伝分野の世界的第一人者として活躍され、若い研究者を育てていることは頼もしい限りである。