昭和ヒトケタ生まれ

 

加藤 康二

 

 ひとの出来ないことをやる執念の昭和ヒトケタ生まれも年には勝てぬ。耳も遠くなり、頭もうとくなった近頃。ならば方向転換しかない。さーて?

 今年は戦後60年。一般に60年前のことは歴史の1ページとして記録されるのみと。まして昭和ヒトケタは既に70年以上。私はシーラカンス、日本人の員数外、世に影響を及ぼす力のない人種。こう考えてくると何も責任がなく、気が楽になってくる。勝手老人を貫いていいんだと、意を強くする。  それにしても今の若者文化に違和感を持ち、若者からは「昭和ヒトケタ生まれはガンコ者」と白い目で見られている私達は一体何者だろうか?

 大正のリベラリズムと戦後の飽食時代との狭間にあって、貧困と空腹に耐えながら生き長らえてきた戦争の落とし子、若い頃のPTSDのもたらした奇形児かもしれない。

昭和ヒトケタ生まれの世代は自分勝手?

「昭和ヒトケタ生まれ、現在70歳代の人達は結構頑固者で、なぜかひとくせある。筋の通らない事には厳しい。自己主張の強い世代。悪く言えば、自分勝手、自己中心、ワガママな人が多い」などの批判を受ける。ある大学の教授は「人格を形成する10代に、戦中の軍事教育を叩き込まれ、戦後混乱期の矛盾のなかに生きてきた特殊な人種」と説明している。

 先輩の大正生まれと共に、既成の倫理に囚われず、高度経済成長を引っぱって、新しい日本を作ったという自負。しかし、昭和末期には責任ある地位についてバブルを引き起こし破裂させてしまったという苦い経験もしている。

 「振り込み詐欺」「リフォーム詐欺」に引っかかりやすいのは、少し先輩の大正生まれ、彼らは性善説の教育を受けており、他人を信じる。だから依存し、甘える。戦後の異文化の洗礼を青少年期に受けた昭和ヒトケタとなると、それが変わってくる。甘えはなくなり、自分で判断する。自己責任の思想、警戒心を持ち、詐欺に引っかかりにくくなる。昔は他人を疑るなんて、恥ずべきこと「騙すより騙されろ」。大正生まれは詐欺師には美味しい年代かも?このように大正生まれと昭和ヒトケタでは、少し人種が違うような気がする。

 最近の若者文化は解らないことばかり。ニート、学級破壊、三無主義ならず、五,六無主義?「顔面表情筋の欠如」による“うれしい”“かなしい”の感情表現が無い動物的若者は理解できない。それでいて突然ブッチギレて人を刺してしまう始末。何かがおかしい?彼らはこの気持を理解してくれない社会が、大人が悪いと思っているらしい。

 今朝の新聞に「脱ニート ブログ一役」と山形大学加納ェ子助教授の記事。ブログ(日記形式のホームページ)のやりとりが、ニート族の救出のきっかけになることもあると。これらカタカナ新語を理解するのも努力のいる年となった。

 平成55月号「心のひろば」発刊、「もの言わねば腹膨るおもい」と、駄文を寄せ、紙面を埋めてきましたが、最近若い先生方の投稿が見られ、頼もしい限りです。「若さは力なり」。私も榛原医師会に新しい風を!医師会に青嵐会(注)を!と主張したことがあり懐かしい思い出。ただ今は「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の感です。

 

 

青嵐会(せいらんかい)は、昭和48(1973)、自由民主党内で派閥横断的に結成されたタカ派(石原慎太郎・現東京都知事を中心)の衆参両若手議員31名からなる政策集団。